星空がくれた恋人
ダラ・ジョイ著/中尾眞樹訳
960円(税込)/2009年5月27日発売
原題:KNIGHT OF A TRILLION STARS
本書は、ロマンス小説の最高峰・RITA賞を主催するRWA(米国ロマンス作家協会)の、Futuristic、Fantasy、Paranomal Romance分野を合わせた特別なアワードであるPRISM Award の記念すべき第1回受賞作です。また、SFやファンタジー小説に贈られるThe Sapphire Awardも、受賞しています。RITA賞については、新人部門とパラノーマル部門にダブルノミネートとなりました。26歳のディーナ・ジョーンズと、宇宙の移動中、なぜか地球に引き寄せられたロアジンが繰り広げる、ロマンティックなラブ・コメディです。
あらすじ
ディーナは、会社を突然クビになり、災難続きの一日を過ごしていた。偶然、立ち寄った古道具屋で、不思議な石のついたネックレスを購入。自宅に戻ると、リビングには見知らぬハンサムな男が座っていた。驚くディーナに、彼はロアジンと名乗り、アビアラ星からきたという。初めは全く信じなかったディーナも、ロアジンの不思議な力をみて、宇宙人だと認めざるを得ないことに。
ロアジンは、ディーナが持っていた石のネックレスをみて、彼女を運命の女と確信する。それはシマリーと呼ばれる、時空の流れを司る石だった。
ロアジンはディーナになんの説明もなく、アビアラ式の結婚式を行い、自分の惑星系へと連れ立ってしまう。その独断ぶりに腹を立てるディーナだったが、彼女を待っていたのは、地球では味わえないようなロアジンとの熱い夜と、宇宙を救う冒険と、魅力的な仲間たちだった……。宇宙を舞台にしたロマンスの代表的ベストセラー、ついに登場!
冒頭のご紹介
1
ひどい一日だった。
最悪だわ。
彼女はさっき仕事をクビになった。おっと失礼、クビではなく解雇。どちらにしろ変わりはないが。資格を持ちすぎているのは求職活動のじゃまになるけれど、首切りにあうときにだって何の役にも立ちはしない。
これは屈辱の一日のスタートだった。
帰宅する電車の中で、ハレー彗星なみにしかお目にかかれない空席を見つけ、ラッキーとばかりに、腰を下ろした──何かで濡れたその席に。気持ち悪くて、いやな臭いが彼女を襲う。
すぐに立ち上がったが手遅れだった。レインコートを着ていたとはいえ、それは雨に備えてのこと。自分自身がその液体に触れずにすんだのはありがたいけれど、コートはひどく臭う。乗客たちはディーナに冷たい視線を送りながら、できるだけ近寄りたくなさそうに遠ざかる。
ディーナの今の心境にこれほどふさわしい状況はない。
終点駅で降りたところで不快なコートをさっさと脱ぎ、すぐさまゴミ箱に投げ捨てた。そうでもしなければ気がすまない。
ディーナの災難はまだ始まったばかりだった。
停めてある自分の車に向かって駐車場を歩いていくと、バックしていた二台の車がディーナの目の前で衝突した。バンパーはねじ曲がり、信じられないような角度でからみ合っている。礼儀正しく親切なことで有名なボストンの通勤者が、それぞれの車から降りてきて、囲いに押し込められた雄牛のように鼻息荒く、自分たちの車の周囲を駆けまわっていた。
この二台がふさいでいるのはいったいだれの駐車スペースなのか、ディーナには考えるまでもなく明らかだ。
かけつけた警察は、レッカー車が事故車を撤去しにくるまで待ってくれと言う。ラッシュアワーだから四十五分はかかるらしい。
ディーナはあたりを見回した。どこへでもいいからこの場から離れたい。目に留まったのは、通りの向こうにある、古ぼけた小さなリサイクルショップだった。
ディーナは当選した宝くじの換金に行くかのような勢いで、その店に向かった。
店に入ると、ドアに下がっているベルがチリンと鳴った。ディーナはうす汚い店の中を見渡すうちに、リサイクルショップだと思ったこの店が、ただのがらくたを売る店だと気づいた。ありとあらゆるところに段ボール箱が積まれている。本、古びた家具、ガラスの食器、壊れたおもちゃ──まるで消費者たちの過去が亡霊となってこの店内に取り憑いているようだ。せめてもの救いは、静けさがあることだけだった。
がらくたの墓場を眺めていると、カーテンがかかった奥の戸口から、レッドソックスの帽子をかぶった、一風変わった年寄りがふらりと姿を現した。
「帰りの渋滞にはまったかね?」目尻にしわを寄せて彼が笑った。なかなか感じのいい老人だ。
「どうしてわかるんですか?」
「いつものことだからねえ。それでこっちは商売が成り立つってわけだ。あんたも見ていくかね?」期待のこもった声で老人がきいた。
「ええ、もちろん」そう言うと向きを変え、細長い店の奥へと歩きながら、屑としかいいようのない品々を見始めた。
ディーナは失った職のことを思った。ああ、ディーナ・ジョーンズ、二十六歳、まもなくホームレスになるんだわ。嘆いていてもしかたがない。この状況に慣れるしかない。
三十分ほどして、なかなか良さそうなネックレスらしきものを見つけた。がらくた五箱の下に埋もれていた代物だが、ディーナにはなぜかそこに掘り出し物があるような予感があった。
ネックレスを取りあげ、うす暗い光にかざしてみる。
汚れで曇っていた。金属でできた、アーサー王時代の首鎖を思わせるチョーカータイプのネックレスだ。バンドの中央には、粗いカッティングがほどこされた暗い色合いの石がセットされている。黒にも見えるが、この暗さではよくわからなかった。
ディーナはさらにじっくりと吟味した。
うん、磨けばすごくきれいになるかも。でも銀製かどうかわからないし、刻印もない。
ディーナは店の奥から引き返してくると、うす汚れたカウンターにネックレスを置き、「これ、おいくら?」と店主にきいた。
老店主はネックレスをつまみ上げ、趣味が悪いとでも言いたげな目でじっと見た。「あんた、これを買いたいのかい?」気がたしかな人間なら、まず買わないと言いたそうな口ぶりだ。
ディーナはあわてて弁解した。「そんなに悪いものじゃないでしょ」店主は彼女をうさんくさそうに眺めている。「そんなに、たいしたものじゃないんなら、いくらにしてくれるの?」
店主は、これに値段をつけなくてはならないという重圧に苦しんでいる。ためらいながら、ついに値段を口にした。「五十セントでどうだね?」
「買ったわ」ディーナは二十五セント硬貨を二枚、カウンターにパチリと置いた。
老店主がネックレスを袋に入れてくれるあいだ、ディーナが窓の外に目をやると、レッカー車はすでに到着し、事故車を移動させているところだった。店主に礼を言うと、袋を手に店を出た。口の中に濃いめの熱いコーヒーの味がわいてくる。家についたらすぐにいれよう。もうくたくただ。明日からの旅行に備えて荷造りをすませておいて、ほんとによかった。これからの経済状況を考えても、きっちり前払いしてしまった旅行はキャンセルできないから、それほど罪悪感を感じることもない。休暇の前日にクビにしてくれたあいつらに感謝だ。
ディーナは頭上に垂れ込める黒い雲の群れを心配そうに見上げた。急がないと……。
その瞬間、空が割れたかと思うような雷がとどろき、激しい雨が滝のように地面を打ち始めた。ディーナはあわてて駐車場のアスファルトを走る。レインコートもなく、車にたどり着いたときには全身ずぶ濡れだった。
こんな目に遭うなんて、わたしが何をしたっていうのよっ。
雨のせいで、帰り道はひどい渋滞だった。二十分の道のりがどうして一時間かかるのだろう。ようやくわが家に続く私道へ入ったときには、感謝のあまり泣きそうになった。
でもそんな気持ちは、私道のつきあたりで車を降り、郵便箱をチェックしたときに消えた。二人の編集者から返却された三本の不採用原稿。
車寄せに立ちつくし、ただ雨に打たれていたが、あきらめ顔で車に戻ると、わが家までの四百メートルを運転した。
三部屋だけの小さな家をぐったりと見つめながら、この家を遺言で残してくれた唯一の身内であった祖父に感謝していた。少なくとも、雨風をしのぐ屋根がある。税金を払っているかぎりは、という条件つきだけれど。
家に入ってドアを閉めると、すぐにガチャリと鍵をかけ、世界のすべてを閉め出して自分だけの空間を確保する。心地よく暖かいわが家に戻れたディーナの口から、安堵の声がもれる。熱いシャワーに直行だ。バスルームに向かいながら、びしょ濡れの洋服を脱ぎ捨てていった。
こんなにシャワーが気持ちいいなんて知らなかった。生き返った心地になって、腰まである髪を編み、はきこんだジーンズに足を通す。九月の初めとはいえ、湿気を含んだ空気は肌寒く、トレーナーを着てキッチンに向かった。待ちに待ったおいしいジャワコーヒーをいれるのだ。
コーヒーメーカーが音を奏でているあいだ、ディーナはバッグの中から例のネックレスを取りだし、眺めていた。これのどこがよかったんだろう? 他のがらくたに囲まれていない今は、ずいぶんものも悪く見える。でも、きれいに磨きあげれば……。
道具入れのクローゼットから、磨くための布とジュエリー用のクリーナーを取ってくる。バンド部分の曇りが取れたとたん、ディーナは自分の買い物に大満足した。
純銀かどうかは疑わしいが、ネックレスはキッチンの照明の下で銀色に輝いた。まるでプラチナかと思うほど。つまりとても価値がありそうに見える。あの老店主は変わり者のようだったが、愚か者ではなさそうだった。だとすると、プラチナが汚れているだけということはありえない。きっと合金ね。
素材が何であれ、目がくらむほどの輝きにディーナは心を魅かれた。
よく見てみると、宝石の色は黒ではなく、深い緑色に見える。やった! すごくいい買い物をしたわ。過酷な一日に差し込んだ一筋の光。ディーナは心の中で今日の日に別れを告げた。明日の旅行にはこれを持っていこう。寝室に戻り、ネックレスをスーツケースに放り込んだ。
ようやくつらい一日を忘れ、明日のサンフランシスコ行きが楽しみになってきた。〈ワールドコン〉に行けるんだわ! それは年に一度、世界中のSF小説の愛好家たちが集まるSF小説の国際大会だ。今年はサンフランシスコで開かれる。
地球のあちこちにちらばっている長年の友人たちに会うのが待ちきれない。一週間のあいだ、何もかも忘れて心の底から楽しもう。旅行への期待がふくらみ、SF小説の原稿を突き返されたショックもずいぶん薄れた。向こうに行けば編集者たちに会えるはず。つかまえて原稿についての意見を聞けばいい。
『トワイライトゾーン』のテーマ曲をBGMに、端が折れた原稿の束を胸に抱えて、あわれな編集者を容赦なく追いかけ回す自分の姿を思い浮かべ、ディーナはクスッと笑ってしまった。
キッチンに戻って、コーヒーを注ぎ、カップを持って居間に向かおうとした。すると……、男が一人、ソファに座ってこちらをじっと見つめていた。
ディーナは二回まばたきをしたが、奇妙な光景は消えることがない。
マグカップが手からすべり落ち、キッチンのタイルの床で砕け散った。頭の中をいろいろな考えが駆けめぐる。
な、な、なに、この人、どうやって入ったの?
正気を失いきっていない頭の中には、帰ってすぐに鍵をかけた記憶がはっきり残っている。となると、もっとおそろしい考えが浮かんでくる。帰宅したとき、すでにこの男は家の中にいたのだ。いや、そんなことはありえない。帰ってきてから、全部の部屋を見ているのだから。混乱したディーナの額に深いしわが刻まれた。この男の目的は何?
しっかりするのよ、ディーナ。この男、コーヒーが欲しくて来てるわけじゃないのよ!
額に汗がにじんでくる。今、人生最大の恐怖を味わっている。やっとのことで声が出た。
「お、お、おねがい、手荒なことは、し、しないでください。何でも言うこと聞きますから。お金ですか? 何を持っていってもいいです、でも、お願いだから手荒なことだけはしないで」
男は何も言わず、ただ複雑な表情を浮かべてディーナをずっと見ていた。どことなく不思議な印象の瞳だが、色を見きわめるには離れすぎており、かといってこれ以上彼に近づきたくはない。彼の左耳についている小さい金のフープには、とがった小さな水晶がぶら下がり、光を受けてきらきらと輝いていた。
このちっとも動く気配のない男の横に電話がある。あそこまで行けるかしら? ううん、無理だわ。男が電話に近すぎる。これではダイヤルする余裕もない。ディーナは玄関のドアに視線を向けた。鍵はしっかりとかかっている。では、彼はどうやって中へ? そんなことより大事なのは、鍵を外して外へ出るのに、どのぐらい時間がかかるかだ。ディーナは頭をフル回転させながら男の様子をうかがった。
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