風に乗ってダンスを

風に乗ってダンスを

20090525 風に乗ってダンスを カバー画像.jpgメアリー・ジョー・パトニー著/中村藤美訳
960円(本体914円)/2009年5月27日発売
原題:DANCING ON THE WIND

RITA賞受賞作です。ミステリ仕立てで、随所にトラップが仕掛けられており、読む方も予測のつかない展開に驚くばかりです。これまでのMJP作品とは違った、さまざまな趣向がこらされており、新たな魅力にひたることができます。

あらすじ

19世紀ロンドン。堕天使ルシファーこと、ストラスモア伯爵であるルシアンは、英国の諜報活動に携わっていた。仏国のスパイである“ファントム”を見つけ出すため、悪魔崇拝的な儀式や複数とのセックスを行なう「ヘリオンズ(地獄の住人たち)・クラブ」の会員になることを計画する。まずは友人のレイフの力を借り、クラブの幹部たちをレイフの城に招く。ところがその夜、ヘリオンズの幹部が客室女中を襲おうとする場面に遭遇し、その女中を救うことに。彼女はキティと名乗った。

その後、ルシアンはヘリオンズ会員の宴会で、女性バーテンダーのサリーに出会う。さらに、別のパーティーでは、ドレスを着た美女が彼の部屋を物色しているのを発見。ルシアンは、その女性がキティやサリーと同一人物であることに気づく。なぜ彼女は変装しているのか? 敵のスパイなのか? 翻弄されながらも、その魅力に強く惹かれ、いつしか彼女の全てを欲するようになっていく……。

危険な使命の下で、互いの正体がわからぬまま、一線を超える二人。激しく情熱がからみあう、ヒストリカル・ロマンスの大作!

冒頭のご紹介

プロローグ

一七九四年冬、イートン

 葬儀のあと、彼は学校に送り返された。一人の少年をほかにどうしようがあるだろう。たとえ、その子が大ブリテン島一の裕福な子供になったばかりだとしても、だ。
 ほやほやのストラスモア伯爵、ルシアン・フェアチャイルドは、早くイートンに戻りたくてならなかった。あそこなら友達もいて、何も変わっていないふりをしようと思えばできる。学期末にアッシュダウンに戻れば、両親と妹はまだ元気に生きているというような……。
むろん、そうではないことはわかっている。けれどもまだ、取り返しのつかない死を認める心がまえはできていなかった。十二歳になれば、もっと受け入れやすくなるのかもしれないが。
 彼の以前の称号はモルドン子爵だった。イートン校の校長はじきじきに彼の馬車を出迎え、すかさずストラスモア卿と呼んだ。荷物の世話をする学校の召使いたちも同様だった。だが、ルシアンの背後で二度、ささやく声がした。「みなしご伯爵」。その言葉が耳に入ると、ルシアンは身をすくめた。耐えがたいほど哀れっぽく聞こえたからだ。それと同じ理由で、手にしたステッキもいやだった。けれどもこのほうは、二週間もすればいらなくなるだろう。
 ルシアンが寄宿舎に着いたのは夜になってからだった。上着と手袋を自室に脱ぎ捨てるが早いか、彼は特別な友人たちを捜しに行った。皆、一つ屋根の下に住んでいる。いつものように、レイフの部屋に集まっていた。そこが一番広くて暖かいのだ。
 ルシアンは足を引きずりながら、ノックもせずに部屋に入った。三人の友人は思い思いの格好でくつろいでいた。マイケルは公爵の次男、ニコラスは子爵、レイフは侯爵の身分だが、どの称号も儀礼的なものにすぎない。ところがルシアンは、今や世襲貴族そのものとなったのだ。ああ、そうでなければどんなにいいか。
 ドアがさっと開き、皆がいっせいに目を上げた。怖いくらいの沈黙が、一瞬流れた。むろん、知らせは皆が聞いていた。
 ルシアンの心は沈んだ。この先、一生ついてまわる悲しみや大きな孤独を抱え、心が折れそうな今、友達だけは同じままでいてほしかった。皆が戸惑って、前みたいに接してくれないとしたら、こんなにつらいことはない。
 そこへニコラスが本を置き、暖炉の前から離れた。ジプシーの血のせいか、彼はほかの少年たちよりも感情をあらわにしやすい。ルシアンの肩に片腕をかけ、暖炉の前に連れて行くのはニコラスにとってごく自然なことだった。「やあ、おかえり」気さくにニコラスは言った。「ちょうどこれからチーズをあぶろうとしていたところなんだ」
 ルシアンは友の飾らない態度が身に染みてありがたかった。生き返った気分だった。この二週間、死んだ家族と同じように、自分も幻なのではないかと思うときがたびたびあった。
 ルシアンが暖炉の前の絨毯に屈みこむと、ほかの少年たちもそれぞれに本を置いた。それから皆で、長いフォークにチーズを刺してあぶった。とろけるようなかぐわしいチーズを分厚いパンに塗ると、寒くて湿っぽい夜には最高の夜食になる。
 気ままに飛び交う話は、ルシアンがいないあいだに起こった学校の出来事が主だった。彼のほうから何も話さずにすんだのは幸いだった。喉をふさがれて、口をきけるかどうか自信がなかった。胸の固いしこりがほぐれていくにつれ、ぽつぽつと言葉を挟めるようになった。また、軽い驚きとともに気づいたが、あの事故以来、初めてお腹が空いていた。
 チーズがなくなると、レイフが言った。「町でちょっと見つけたんだ。君のコレクションにいいかなと思ってね、ルース」彼は立ち上がり、机まで行ってそのなかをあさった。戻ってくると、何やら小さなものを手渡した。
 それはぜんまい仕掛けの亀だった。甲羅の上にはブロンズの小さな人魚が乗っている。悲しみが心をむしばんでいても、ルシアンは興味を引かれずにいられなかった。「本物の亀の甲羅だね?」おもちゃを手の上でひっくり返し、精巧な細工を調べてから、ぜんまいを巻いて床に置いた。
 亀はのっそりと前へ進んだ。小さな隠し車輪がまわっているのだが、頭も足も本当に歩いているような動き方だ。背中に乗ったなまめかしい人魚は腕を前後に振り、見守る少年たちに浮ついた投げキスを送っている。
 ルシアンはしばし、ほほ笑んだあと、再び現実に打ちのめされた。機械仕掛けのおもちゃを初めてくれたのは父親だった。こういうものを集めたりつくったりするようになったのも、父親に勧められたからだ。その父親は今、アッシュダウンにある一族の聖堂地下室に横たわっている。あの笑い声を一生、聞くことはないのだ。ルシアンはまばたきし、目からこぼれそうになる涙を押し戻した。人魚の住むおとぎの国が、誰も死なない魔法の国が、この世にあればいいのに。
 気持ちを落ち着かせてから、ルシアンは言った。「本当にもらってもいいのかい、レイフ?こんなの見たことないよ」
 レイフは肩をすくめた。「いつでも自分で見たくなったら、どこに行けばいいかわかっているからね」
亀はゆっくりと歩みをとめた。ルシアンはぜんまいを巻き直してまた置いた。ようやく、何があったか遠回しに話せるようになり、彼は声を低めて言った。「僕はみなしご伯爵と呼ばれているよ」
 腹立たしく黙りこんだあと、マイケルが言った。「ひどいあだ名だな。物乞いの少年みたいじゃないか」
 一同、そうだとうなずいた。やっぱり、みんなわかってくれた。
「それが定着する前に、もっといいあだ名を探さないといけないよ」レイフがきっぱりと言う。「ルース、君はどんなふうに世の中に知られたいかい?」
ニコラスはくすくす笑った。「蛇のストラスモアっていうのはどうかな? けっこう危ない感じだろう」
 ルシアンは考えた。蛇か。ぬるりとして不気味だ。皆が怖がる蛇。それでも……。「悪くないけど、何だかぴんとこないな」
「もっといいのがある」マイケルはにやりとし、さっきまで勉強していたミルトンの『失楽園』を持ち上げた。「君の名前はルシアンだ。だったら当然、ルシファーだよ」
「文句なしだね」ニコラスは意気込んで言った。「ルシファー、天に仕えるより、地獄で君臨したがる反逆の大天使。君は金髪だし、立派な明けの明星になるよ」
「しゃれた名前だ」レイフも賛成した。「僕の意見では、ミルトンは内心、ルシファーが好きなんじゃないかと思うよ。登場人物として、神さまより断然おもしろい。神さまは、生徒をいじめる校長みたいなことをするからね」
「僕ら全員が君をルシファーと呼ぶようになれば、二週間後にはイートン校の男子みんなが真似しているさ」マイケルの緑の瞳がいたずらっぽく輝いた。「先生たちは不信心だと言うだろうな。きっと頭から湯気を立てて怒るよ」
 ルシアンはベッドに背中をもたせ、目を閉じて考えた。あだ名は大切だ。イートン校で〝弱虫〟などと間抜けな名前で呼ばれたら、一生それがついてまわる。ルシファーは強くていい名だ。神を笑えるものは、何かを愛しすぎるようなばかな真似はしない。それに、誇り高く危険な堕天使は、夜中に泣くこともないはずだ。
 ルシアンは冷ややかな皮肉っぽい表情を浮かべようとした。うん。これならぴったりだ。「わかった」ゆっくりと彼は言った。「僕はルシファーになるよ」


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学問を愛し、知的で気高い侯爵未亡人たちが、危険でろくでもない放蕩者たちの毒牙にかかる!?

第1作:『スキャンダルは恋のはじまり』
20110125-スキャンダルは恋のはじまり カバー画像.jpg

第2作:『今宵、悪魔に身をゆだねて』
26--今宵、悪魔に身をゆだねて.jpg

第3作:『伯爵のハートを盗むには』
20110725-伯爵のハートを盗むには.jpg

今後のラインナップ

2012年7月27日

TOUCH ME WITH FIRE

TOUCH ME WITH FIRE.jpg〈NJ傑作コレクション〉の第3弾となるリージェンシー作品です。おばが選んだ相手と無理やり結婚させられそうになったブレーズは、宿に宿泊中、おばから逃げ出すことを決意。メイドに扮装して空室に隠れこむが、そこには、脚を負傷した子爵のジュリアンが長椅子に横たわっていて……

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レニー・ベルナード

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第1作:『ルビーレッドは復讐にきらめく』
20110125-ルビーレッドは復讐にきらめく.jpg

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