グレイの瞳に花束を
ニコール・ジョーダン著/森野そら訳
920円(本体876円)/2009年1月27日発売
原題:TO PLEASURE A LADY
情熱的で濃厚なラブシーンがトレードマークのニコール・ジョーダンが本書で日本初登場を飾りました。本書は、米国では2008年春に順次刊行され、3部作すべてがニューヨークタイムズ・ベストセラーとなった「恋愛戦争」シリーズの第1作です。2008年のロマンティック・タイムズ賞ではリージェンシー・ヒストリカル部門にノミネートしました。独立心旺盛で気の強いヒロインと、少々強引ではありますが頼りがいのあるヒーローが火花を散らしあう、とても情熱的でホットな作品です。賭けの行方が気になって、読み出したら最後まで止まりません。エロティックでハラハラさせられる、今どきのリージェンシーロマンスを堪能したい人にオススメです。
あらすじ
19世紀ロンドン。先代の伯爵が逝去したことで、爵位と財産を引き継ぎ、第8代ダンヴァーズ伯爵となったマーカス。だが、彼が引き継いだものの中には、ローリング三姉妹の後見という義務まで含まれていた。
会ったこともない三姉妹の後見人を務めなくてはならないことに嫌気がさしたマーカスは、三姉妹をさっさと結婚させ、後見の義務から解放されることをのぞんでいた。彼は、三姉妹が結婚先を探せるよう高額の持参金を持たせると手紙で書き送る。しかし、その提案を、三姉妹の長女アラベラはすっぱりと断ってしまう。
しかも、アラベラは、マーカスが自宅で友人とフェンシングの練習をしている最中、練習場へと乗り込み、絶対に結婚はしないと言い放つ。三姉妹はマナー学校の運営で収益をあげ、経済的に自立していたため、後見人は必要としていなかった。アラベラは、そばにあったフェンシングの剣をマーカスの胸に突きつけ、結婚を無理強いしないことを約束させようとする。
だが、火花を散らすようなアラベラの激しい気性に、マーカスは心を奪われてしまう。彼女を自分のものにしたいという強烈な思いにさいなまれる。数日後、アラベラに再会し、彼女がこれまで会った女のうちで唯一、妻としてともに楽しく暮らせそうな相手だと確信した彼は、アラベラに求婚をする。
突然マーカスにプロポーズされ、耳を疑うアラベラ。しかし、結婚も男もいらないと信じるアラベラにとっては結婚など論外だった。絶対に結婚はしないと宣言するアラベラに、マーカスは、ある賭けをしようと申し出る。
その賭けとは――もしも二週間のうちに、マーカスがアラベラを誘惑して陥落できれば、彼女は彼の妻となる。けれど、もしもアラベラがマーカスの魅力に耐えることができれば、姉妹は後見人から独立を勝ち取る、というものだった。今のままマナー学校の経営をつづけ、自由に生きる道をつかむため、アラベラはマーカスの提案する危険な賭けに乗ることに。かくして、奇妙な誘惑のゲームが始まった……。
ニコール・ジョーダンの「恋愛戦争」シリーズ一覧
冒頭のご紹介
1
新しい伯爵には腹がたちます。
まるで家畜か何かみたいに、わたしたちをどこかに嫁がせようとしているのよ。
――ミス・アラベラ・ローリングからファニー・アーウィンへの手紙
一八一七年五月、ロンドン
結婚。いやな言葉だ。だがダンヴァーズ新伯爵は、もはや結婚を無視することができなかった。悲しいことに。
「先代の伯爵が今はもうあの世にいるかと思うと、残念だよ」そう言うと、新伯爵は剣をピシッとふり下ろした。「まだこの世にいるなら、心臓を串刺しにしてやるところだ。こっちが望んでもいない被後見人を三人も押しつけて。ぼくは奴隷商人じゃないんだぜ」
剣と剣がぶつかりあう合間にこぼれる愚痴を耳にして、友人たちは笑った。その声には同情とからかいが混じっていた。
「奴隷商人だって、マーカス? そいつは少々大げさじゃないか?」
「まさにそれが求められていることさ」
「まあ、上品にいえば仲人だな」
仲人、か。まったくうんざりする。
マーカス・ピアース――元ピアース男爵、今は第八代ダンヴァーズ伯爵――は、いかにもいやそうに顔をしかめた。もともと何にでも挑戦することが好きなたちだが、三人の文なし美女なんてお荷物は願い下げだ。なにしろ、三人それぞれにりっぱな夫を見つけてやらなければならないのだから。
だが、ローリング姉妹込みで新しい爵位を受けついでしまった今、いずれこの仕事を片づけないわけにはいかない。
ああ、めんどうだ。
マーカスは、三十二年の人生を独身男として楽しんできた。しかも、この十年というもの、イングランドで一、二を争う花婿候補だともっぱらの評判だ。けれど、結婚は、彼にとって〝やりたくないこと〟リストの上位にある。そういうわけでここ数週間、後見人という義務を何とか先のばしにしてきたのだった。
気持ちのいい春の朝、メイフェアにある自邸で、やはり結婚市場からの逃亡者であるふたりの親友相手にフェンシングの練習をしながら、マーカスはやっと重い腰を上げて結婚問題に取り組もうとしていた。
「きみたち、状況をちゃんと理解してるのか?」マーカスはそう口にすると、彼に劣らず腕の立つアーデン公爵アンドリュー・モンクリーフの攻撃をすばやくかわした。
「ああ、わかっているさ」剣の音をけ散らすような声でドリューが答えた。「三人をどこかに嫁がせたい。だが、結婚相手はあまり見込めそうにない。そういうことだろ。あの一家のスキャンダルは有名だからな」
「そのとおり」マーカスがにっこりと笑った。「きみがひとりもらってくれる、なんてことはないだろうな?」
公爵はさっと飛びのいてたくみな突きをかわすと、意味ありげな視線を送った。「きみを助けたいのはやまやまだが、あいにく、ぼくは自由を愛しているんでね。そんな致命的な犠牲をはらうわけにはいかない。たとえ、ほかならないきみのためだろうと」
「いいかげんにしろよ、マーカス」どこか楽しんでいるような、のんびりした声が壁のほうから聞こえてきた。この部屋は、マーカスがフェンシングの練習用に使っているサロンだ。そして、声の主であるクレイボーン侯爵ヒース・グリフィンはといえば、順番待ちの間、長いすに横たわり、手にした剣の先をひまそうにクルクルと回している。「ぼくらにお嬢さん方を押しつけようと思っているのなら、きみはそうとう頭がいかれているな」
「三人とも、なかなかの美女だと評判だぞ」マーカスが探りを入れる。
ヒースは笑ってはねのけた。「だが行き遅れときている。三人が三人ともな。長女は何歳だ?二十四か?」
「そこまではいかない」
「相当気が強いらしいな」
「そう聞いている」マーカスはしぶしぶ認めた。弁護士によれば、長女のアラベラ・ローリングは魅力的ではあるが、後見人などいらないと言いはる、かなり強情な女性ということだった。
「まだ会っていないのか?」ヒースが尋ねた。
「まだだ。なるべく先に延ばそうと思ってね。三カ月前、彼女たちの義理の伯父が亡くなったとき、お悔やみを伝えようと屋敷を訪ねたんだが留守だった。それからは、弁護士に連絡をすべてまかせている。まあ、いずれ自分で手をつけなければいけないんだろうが」マーカスはため息をついた。「来週あたり、チェズウィックまで行ってみるつもりだ」
ダンヴァーズの領地は、チェズウィック村にほど近い田園地帯にある。裕福な貴族が数多く住む高級住宅地であるメイフェア地区から五、六マイルといったところだろうか。速い二頭立ての馬車で行けば、楽に行き来できる距離だ。とはいえマーカスは、そう手っとり早くかたづく仕事だと楽観視してはいなかった。
「ということは、だ」ドリューがつつっと前進して攻撃をしかける。「きみが後見するお嬢さん方は、かなりやっかいな問題になりそうだな。うまいこと嫁にやるというわけにはいかないだろう。特に長女は手ごわそうだ」
マーカスはうなずいて苦笑いした。「確かに、あの姉妹は結婚なんかしないと公言しているしな。いい求婚者を引きよせられればと思って、かなりの持参金を提供すると言ってあるんだが、こっちの提案はすっぱり断られたよ」
「女権論者かぶれか――自立とかなんとか言っているんだろう、どうせ」
「そのようだ。きみたちを求婚者にできないとは、残念なことこのうえないね」
ちょうどいい解決策だと思ったのだが。ドリューの鋭い攻撃に応戦しながら、マーカスは思った。慣れ親しんだ男爵の地位に加えて伯爵という地位を相続することになったものの、貧窮したダンヴァーズの領地と、家柄のいい貧乏三姉妹というお荷物まで抱えることになった。三人とも、生まれも育ちも最高で、すばらしい美貌の持ち主ということだが、未婚で少々トウが立っている。
姉妹が結婚していないのは、財産がないからというよりも、家族に降りかかったとんでもないスキャンダルのせいだった。四年前、まず母親がフランス人の愛人と手に手をとって大陸に逃げた。それからたったの二週間後、今度は父親が自分の愛人がらみの決闘で殺された。これで姉妹の運命は決まった。
絶対に結婚させてやると固く決意したマーカスは、高額の持参金をつけようとしたが、三姉妹のすさまじい独立心の前に、この案ははかなくも却下された。長女は、自立を切々と訴える手紙を送りつけてきた。
「法的には、三人が二十五歳になるまではぼくが後見人だ」マーカスは説明した。「だが長女のアラベラは、この条件すら、がまんならないらしい。この一カ月で四回手紙をよこしたよ。もう年もいっているのだから後見人など必要ない、とね。まあ、双方にとって残念なことだが、ぼくは遺言書に縛られている」
そこでマーカスは立ち止まり、相手の周囲をゆっくり回ると、つややかな黒髪を乱暴にかき上げた。「正直なところ――」彼はつぶやいた。「ローリング姉妹のことなんか知りたくもなかったよ。余計な爵位もほしくなかった。男爵でじゅうぶん満足していたのに」
同情のこもる、それでいて愉快そうな友人たちの表情を見て、マーカスは当てつけるように言った。「きみたちの協力を期待しているんだぜ。当然、まともな花婿候補を何人か紹介してくれるんだろうな」
「まずは、きみが名のりを上げればいいじゃないか」ヒースが言い返した。目がいたずらっぽく光っている。
「とんでもない」身ぶるいした瞬間、マーカスはあやうくドリューの突きを喰らいかけた。
少年時代の大半をともに過ごし、大人になってからはずっと仲間づきあいをしてきたマーカス、ドリュー、ヒースの三人は、お互い切っても切れない仲だ。イートン校からオックスフォード大学までいっしょだったが、卒業後同じ年に、三人とも爵位と莫大な財産を受けついだ。それからというもの、社交界デビューをはたした若い娘たちからひっきりなしに追いかけられ、次から次へと登場する仲人たちの罠を逃れてきた三人にとって、結婚という制度はあまり好ましいものとはいえなかった。特に、貴族社会にありがちな、冷たく便宜的な結びつきについては批判的だった。
これまでマーカスは、妻にしたいような女にひとりとして出会ったことがない。好きでもない女に縛られて一生をともにするのかと思うだけで、背筋に冷たいものが走る。もっとも爵位のことを考えれば、血統を残すためにいつかは結婚しなければならないだろう。
だが、独身生活の終わりはまだまだ先のことさ。マーカスは心に誓っていた。
おもしろくもない話題に気を散らされて集中力が切れている。そう気づいたマーカスは練習をやめることにして、ドリューに皮肉っぽい口調で言った。「きみにズタズタにされる前に止めたほうがよさそうだ。ヒース、きみの番だぞ」
侯爵がポジションにつくと、マーカスはサロンを横切ってサイドテーブルの前まで行き、剣を置いて額の汗をタオルでぬぐった。
ふたたび剣と剣を交える音が始まった。その時、外の廊下から騒がしい音が聞こえてきた。玄関ホールのあたりだろうか。はっきりとはしないが、女の声らしい……。執事がマーカスの不在を告げている。
好奇心をそそられて、マーカスはドアに近づいて耳をそばだてた。
「何度も申し上げておりますが、伯爵様はご在宅ではありません、お嬢様」
「お留守なの、それとも居留守?」楽しげに尋ねる女の声がした。「遠くから来ましたのよ、お話しするために。なんなら、家捜しさせていただくわ」低く歌うような声だが、きっぱりとした意志が感じられる。「どちらにうかがったらよろしいかしら?」
ふたたび言いあらそう声。明らかにホッブスは女の侵入を阻もうと努力しているが、形勢は不利らしい。いつもは威厳のある執事がとうとう叫び声をあげた。「お嬢様、二階へいらっしゃってはなりません!」
大階段の下で女を行かせまいと足をふんばっている執事の姿を思い浮かべて、マーカスの喉から思わず笑いがこみ上げた。
「なぜ、だめだと言うの?」女が言った。「伯爵様がベッドにいらっしゃるとか、裸でいらっしゃるとか?」
ホッブスはショックのあまりため息をもらし、やっとつぶやいた。「よろしいでしょう、そこまでおっしゃるのなら。お客様にお会いになるかどうか、お尋ねしてまいります」
「けっこうよ。場所さえ教えてもらえれば、ひとりで行けますから」そこで美しい声が止まった。「あら、剣の音がする。音がするほうに行けばいいのね」
かろやかな足どりが近づくにつれて、マーカスは身がまえた。
やがて戸口に現れた問題の人物は、衝撃的に美しかった。長身で優雅な体に青い薄絹の外出着をつつましやかにまとっているが、自信にあふれ、華やかな存在感をそなえている。見る者の目を奪わずにはいられない。
なんて美しい女だ。
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